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シャネルの人生前編「時代があたしを待っていた」

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ココ・シャネルの人生をまとめてみました。

数々の名言と共に、彼女の壮絶な人生を見ていきましょう。

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目次

  

子供の頃から孤独だったシャネル

「あたしにとっては、今日のこのスイスも、昔のオーベルニュの生活も、たったひとつのことしか、見つけられません。それは、孤独ということです」*1

 

母は早くに亡くなり、父には捨てられます。

 

12歳の頃、田舎町の孤児院に入れられたシャネルは、そこでの教育は厳しかったけど、性格を形作るのに役立ったと言っていました。

 

そこでは、彼女らしいこんなエピソードがあります。

孤児院に「捨て子」の烙印を押されたシャネルは、孤児グループにあてがわれた粗末で画一的な制服を、各パーツの決まりごとを守りながら自分なりに作り変えたのです。そのスタイルは、こそこそ規則を破ったり基本の形を大きく崩すものではなかったのに、ひと目でほかとはどこか違うとわかる着こなしだったそうです*2

 

この頃からすでに飛び抜けたファッションセンスを持っていたことや、彼女の意志の強さも分かりますね。いじめられても反抗し続けた彼女はこう言っていました。「自尊心があたしを救ってくれた」と。

 

孤児院では鏡の中の自分を見つめる時間がありました。

 

彼女は生涯、自分の部屋に鏡を沢山置き、一日のうちで一人の時間を必ず持っていました。

 

それともう一つ、自分と向き合う時間がありました。それは本を読むことです。

「本はずいぶん買った。あたしの最上の友は本である。

インテリや教養のある人たちにも出会ったが、あたしが、案外物知りなのに驚いていた。

それがみんな小説から得た人生経験と知ったら、もっとびっくりしたかもしれない。

もし、あたしに娘がいたらば、こういう本をあげて、人生のなんたるかを教えたいものだった」*3

 

愛称“ココ”の由来

17歳の時に、ムーランという中都市の寄宿学校に送られます。

 

そこではお針子(はりこ)として働きつつ、キャバレーで歌ってもいました。

 

次第に歌手としての人気が出てきたシャネルは、「トロカデロでココを見たのは誰」という歌にちなんで、観客にココ!と呼ばれるようになったと言われています。

 

しかし彼女の思い出話には嘘や矛盾があることが知られています。

 

父の犬の名前だとか、彼女の気を引こうと争っていた若い将校たちが付けた、などです。

 

本名はガブリエル・ボヌール・シャネルです。

 

その頃は歌手を目指していましたが、その後に出会った男性に誘われ、意外な方向へ進むことになります。

 

白馬の王子様とのロマンス

ある日、シャネルは上流騎士バルサンと出会います。

 

不遇な子供時代や馬が好きなことなどを話すほどに、お互いが似たもの同士だと感じたバルサンは彼女に「馬の調教を見に自分の城へ来ないか」と誘います。

 

彼女はすぐに承諾し、お針子も歌の仕事も辞め、彼の館に行き、そこで乗馬ざんまいの日々を送るようになります。

 

「馬があたしの人生を決めた」と言い、自分をさらってくれたバルサンに死ぬまで感謝し続けたようです。

 

当時の女性は乗馬の時でもスカートだったので横座りでしたが、彼女はそれを拒否し、乗馬ズボンなどを仕立てて馬にまたがりました。

 

その時のコーディネートに欠かせなかったのが、ハンドメイドの小さな帽子です。

 

その新鮮なスタイルが周りの女性たちの注目の的になり、次々と注文が殺到したようです。

「スポーツ服を、あたしは自分のためにつくった。

他の女たちがスポーツをするからではなくて、あたし自身がスポーツをしたからである。

夜の社交界に出なかったのは、そのあいだ、モードを作る必要があったからで、そのモードを作り上げて、あたしは夜、外出するようになった。いや、夜、出て歩くようになったからこそ、それ用のモードをつくったのだ。

あたしは、あの時代の花形として身をもって生きていた」*4

 

その後、彼女はバルサンの協力を得て、帽子店を開くことになりました。

 

シャネルが最も愛した男ボーイ・カペル

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↑自作の帽子をかぶるシャネル。

 

帽子店が一周年を迎えたころ、シャネルはアーサー・カペルという実業家と付き合うようになります。

 

彼女が「平凡なところがなかった」というほど、カペルは非常に優れた男性でした。

 

お店をもっといい場所で開きたいと言ったところ、カペルが資金提供をし、パリのカンボン通りにお店を移します。

 

シャネル27歳、本格的に帽子デザイナーとして商売をはじめます。

「ファッションは芸術ではない、それは仕事だ」*5

 

それからは帽子だけでなく衣類にも手を広げ、ますます事業は拡大、そして借金を返済します。

「時代があたしを待っていたの。あたしはこの世に生まれさえすればよかった。時代は準備完了していたのよ」*6

 

ビジネスは大成功しますが、プライベートはあまり順調ではなかったようです。

 

シャネルと8年付き合った末に、カペルは上流階級出身の女性と結婚をします。それでも彼女は交際を続けました。

 

その翌年、なんとカペルは自動車事故で亡くなってしまいます。

 

シャネルは現場を訪れ、「カペルが死んで何もかも失った」というほど悲しみ、何時間も激しく泣き続けました。

 

彼女が味わった悲しみやはげしい喪失感は、当時、多くの女性たちが同じように味わっていたものだった。父親や兄や兄弟、息子たちを戦争でなくしていたのだ。*7

 

ここまでの年表

  0歳1883年 8月19日シャネル誕生。

12歳1895年 孤児院に預けられる。

17歳1900年 修道院寄宿学校に入る。

20歳1903年 お針子。バルサンと同棲。

25歳1908年 カペルと出会う。

27歳1910年 帽子屋を開店。

36歳1919年 カペルの死亡。

 

 

 

シャネル公式動画

今回のエントリの内容が3分で見れます。

※字幕表示可能です


Coco - Inside CHANEL

 

 

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参考文献:シャネル―人生を強く生きるための「孤独力」 (齋藤孝の天才伝)